創職系男子に俺はなる!

先日、メディアリテラシー教育研究会なるものに行ってきました。知り合いが中心となって運営しているNPO法人が主催をしています。


今回のテーマは「ソーシャルメディアによるライフスタイルの変化から考える未来の教育」でした。


仰々しいタイトルの今回の会。今回は「創職」を謳う玉置沙由里さんが講師としてご自身の経験などを交えて話しを展開してくれました。

講 師: 玉置沙由里さん
京都大学総合人間学部卒業後、野村総合研究所にて各種市場調査レポート作成、韓国素材メーカーにて新規事業立案業務に携わった後、2010年に独立。現在は、ブロガーとしてのメディア発信、企業のコンサル、サロンなど開催するなど多岐にわたって活動中。

彼女の話した内容の中で気になった点。
会場の雰囲気で思った点などを以下に。
(原文ママではないです。)

第8大陸

ソーシャルな空間というのはいわば物理的な7大陸とは別の8大陸目なのではないか。私はサイバー空間というよりもこちらのほうが好き。
第8大陸での生存権というのは「表現する事」。つまり、表現しないという事は存在しない事になる。その存在の網から抜け落ちてるのが高齢者の方であったり、ソーシャルメディアを使わない人たち。そこの格差をどうなくしていくかが重要になる。

この「第8大陸」という単語を聞いた瞬間、思わず「おお!」と思ってしまいました。単語を選ぶセンスというのが伝播させる力になるんだろうな、と。こうして自分も拡散させていますし。
第8大陸で生存するには表現するしかないという話しから、容易に存在しない人たちを想像できた。しかしそれに対する解決策も考えているようで言い切るだけのことはあります。

Twitter村社会

学生時代に和歌山の村でフィールドワークをしたが、その時に感じたのは顔の見える社会の存在。Twitterの空間というのはその村という環境を拡大させたものではないか。
ある程度フォロワーがいれば悪い事はできない。噂もすぐに伝播するのでそういう環境として存在している。

自分は特にこの点について感じた事はありません。確かに知り合いは顔の見える関係ではありますがあくまで第8大陸上での交流という感じで見えない一線が自分の中にあります(これは決してリアルな付き合いはしないと言うわけではありません)。一般的な村社会とは感覚が違う。顔の見える社会は本当にいろんなことが付いてきてうっとうしいと感じることもしばしばあり、そういう感覚は今のところ感じた事はないかも。

八百屋2.0

上記のTwitterという環境で個人個人がモノを提供していくのがこれからの社会の姿ではないか。それを文字で表すと八百屋2.0 。そうした中で企業に勤めてとは異なり、個人でモノを提供していく人が現れてくる。そのモノの提供した際の見返りに必ずしも貨幣を介さない。貨幣の代わりになるのは信頼であったり評価。これが創職。

個人で何かを提供していく感覚は最近いろんな人と関わらせていただくとひしひしと感じます。果たして自分は何が出来るのだろうか?創職できる人になりたいわ。

家メディア

雑誌のようなシェアハウス。コンテンツを提供してくれるシェアハウスというのが起こり始めていて、そのコンテンツでシェアハウスの生計を立てていたりもする。

例えば「渋家」「まれびとハウス」「トーキョーよるヒルズ」(※3大シェアハウスw)
可能性は無限大。

会場の空気/若年と中年の違い?


玉置さんは話しの途中で質疑応答など求めてくれたり、会場に話しを振ったりとしてくれたが、それに答えるのはいわゆる中年世代の人たち。若者たちはTwitterでハッシュタグを付けてつぶやき、スクリーン上に意見を流す事で満足していたと思われる。
ある先生の意見に対してはみなさん思うところあったようですがなかなか議論に火はつきませんでした。


正解を求める先生たち


教育がテーマの会なので先生という方が多い。玉置さんの話しに喰い付くのですが彼女がどうして今の立場になったのかという答えを執拗に求める印象がありました。どうしたら彼女のようなロールモデルになれるのか。先生として生徒に教える立場としてなんとしてでも方法論を持ち帰りたかったみたいです。
「なんとなく」という感覚を共有させてくれない場だったように思います。


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いろいろとおもしろい会でした。
次回も面白そうなテーマなので聴きに行きたいと思います!